インプットとアウトプットは同時にやろう。

高知の有名ブロガー、イケダハヤトさんの月間noteを購入しています。
ほぼ毎日更新されていますが、2/13の記事
『「インプットとアウトプット」について、多くの人が勘違いしていること。』
が面白かった。
有料のものですので適宜引用しながら。




『インプットとアウトプットは、分けるべきではありません。』

『ぼくらはもっともっと、アウトプットすべきなのです。』

『ひたすらアウトプットして、何気ないことについて豊かに語れるようになろう。』

 


これは前々から感じていたことなのですが
どうも、私はインプットとアウトプットを分けて考えていた。

そうだ、私がなりたかったのは
「何気ない日常を切り出す」

「少しの特別感を表現する」

ということかもしれない。


最近、自分に肩書きをつけよう!と考えていて、
「非日常ナビゲーター」
というのを思いついた。だけどよくよく考えたら
「これって非日常をいつまでも追いかけねばならないのではないか・・?」

と思いなおし、その肩書きは保留にした、ということがあった。

非日常は刺激的で面白いことなのだけど、一過性のもので中毒になってしまうとそれなしではいられなくなってしまう・・・
そうなると日常が機能しなくなってしまうような。
日常と非日常のバランスが崩れてしまうような。

「何気ない日常を切り出す」
という言葉で思い出すのは"カメラ"。

私は主に風景や花。
何気なく目にする風景や花にクローズアップして
撮るのが好き。

こんなことをいうと「カメラ上手い人はいくらでもいるんだからその人の写真見ればいい」
というようなことをいわれたこともあるしそれはわかる。

「自分ができない領域は人に任せる」
は最近の私のテーマではあるけど、
「たとえ下手でも、やりたいことはやってもいいし、先にやっている上手い他の人と比べたって仕方ない」。

それにね、練習しないであきらめてても仕方ない。

文章も一緒。
そりゃ文才のある人はたくさんいるけれど。
文才とはまたちがう「自分なりの文章」というのは書かないと生まれてこない
んじゃないかな。
だからアウトプットの練習としてブログを書きます。
最近の課題は「まとまった文章がおもいつかない」
ということ。

何気ないことをメモとしてすぐ拾えないとき(シャワー中とか仕事中とか)によく思いつきますが
すぐ忘れてしまうのですよね。

思いついたことはメモはしているのですが、まとまった文章として発展させることができない、ということが課題かな。


インプットしたと同時にアウトプット。
これを心がけてみようと思います。